ふれまま日記

幼稚園児の息子と小学校低学年の娘の母です。
子育てのことや日々のことを綴ります。
病気がちだった幼児時代の記録なども。

タグ:妊娠

さて、突然ですが、わたしは第一子である娘を出産したとき里帰りしませんでした
その時のことについての話です

※娘は現在小学生です。当時と今ではいろい事情が違っているかもしれません。。

里帰りするかしないかはひとそれぞれですよね!?
わたしは「里帰りしないんだ??」「里帰りしなかったの?!」とよく聞かれました
でも、それぞれの家庭にはそれぞれの事情があって…
色々調べてサービスを使ったりと工夫をして過ごしました。

里帰りしないのをおススメしているわけではありません
でも、わたしのように里帰りしないという選択をした(これからする)人について少しでも理解してもらえるようになったらいいなとは思います
(当時、里帰りしないことに対する否定的な意見も言われたので…)
また、わたしが産後に利用したサービスについても書いておきたいとおもいます

【当時の状況について】

★住んでいた場所★

結婚して主人の仕事の都合で住んでいたとある地方都市。わたしの実家へは電車や飛行機を乗り継いで7時間以上かかり、主人の実家も電車や飛行機を乗り継がなければならないところでした。

★当時の生活状況★

結婚して半年程度で娘の妊娠がわかったため、友人はおろか知り合いレベルの人もほぼゼロ
主人は、残業多めな部署に所属しており家事などに協力的ではあるが、時間がとれない状況でした

★当時の実家の状況★
わたしの実家は、父が闘病中(ガンでした…)で入退院を繰り返していた時だったこと、母は父のサポートをしながらフルタイムで仕事をしていたので余裕がなく…頼れる状況になくて…
主人の実家は、義母はフルタイムで仕事をしている&老健施設に入所しているおばあちゃんのサポートをしているため長期で頼るのは難しく、また、結婚したてだったこともあり、まだそこまで義母に頼ることに遠慮していました。

★切迫早産★
わたしは、以前に娘の妊娠出産について書いたとき(→)で書いたように、妊娠8か月から切迫早産で入院しました。点滴&安静の入院生活でしたので、もちろん里帰りの大移動なんてもってのほか
妊娠8か月までには里帰り出産はしないと決めてはいましたが、里帰りするつもりだったとしても移動は無理だということで里帰りできなかったと思います

★帝王切開★
わたしは、以前に娘の妊娠出産について書いたとき(→)にも触れましたが、第一子の娘を緊急帝王切開で出産しています。
緊急帝王切開だったので、自分が帝王切開になるとは思っていませんでしたが…。
帝王切開だと、産後の入院日数が普通分娩より長くなります。また、一般的に回復も帝王切開のほうが時間がかかると言われています。

【里帰りをしない準備】


さて、里帰りしないということを決めたとして、産後退院してからの産褥期をどうやって乗り切るかを考えなければなりません
一般的に、産後退院してから1か月健診までは大人しくしているように言われますよね??
その数週間、だれのサポートもなくやっていく自信はわたしにはありませんでした知らない土地ではじめての子育て&切迫早産で寝たきり生活での体力・筋力の衰え…急に産後パワフルに動けるとは思えませんでした…

★実家の母・義理母に数日だけでもお願いする★

先ほど書いたように、わたしの実家の母も義理母もフルタイムで仕事をしていたり家族のサポートをしていたりだったのですが、産まれた孫の顔を見がてら数日ずつだけでも来てもらえないか相談しました。
実母・義母ともになんとか都合をつけてくれて、交代で数日ずつ来てもらえることになりました!週末は主人がお休みなので、退院後10日程度はだれかしら家族のサポートがあるということになりました

★産後に利用できるサービスを探す★
☆家事☆
実母、義母が帰ってしまったあと、食事の準備や掃除洗濯などの家事をどうするかということですが、調べてみたところ産後の家事援助OKの地域のNPO法人を見つけました。
その地域のファミリーサポートは基本的にこどものお世話ということでしたが、そのNPO法人の事業ではファミリーサポートではフォローしきれないような産褥期の家事援助だったり病児の預かりだったりも大丈夫とのことでした。当時、1時間あたり800円(現在は値上がりしているようです)でお願いすることができました。お金がかかるということでちょっと躊躇してしまいましたが、主人に相談すると主人はいざというときにはお金をつかってもいいという考えなので「使えばいいよ!」と。
それに甘えさせてもらい、1日2時間×10日間程度お願いをすることにしました。
☆買い物☆
買い物などの外出がままならないということを考え、生協とネットスーパーに登録しました。買い物は基本的に生協とネットスーパー、あるいはAma〇on・楽〇などのネット通販を利用しました。

【産後の家事援助をお願いするまでの流れとお願いしたこと】

★利用するまでの流れ★
産後の家事援助をお願いすることを決め、まずはそのNPO法人の窓口の電話番号に電話をかけて産後の家事援助で利用したい旨を伝え、登録や利用の方法について聞きました。
そのNPO法人ではファミリーサポートと同様にまずは登録をして、その後実際に担当してくださる方との面談・打ち合わせを経てからの利用となります。登録の書類と登録料を入金し担当してくださる方と面談をしました。わたしの場合、産前は切迫早産で入院していた&正産期すぐに緊急帝王切開となってしまったことから、登録が産後になってしまったので時間があまりなく…実母がサポートにきてくれているときに面談をしました。

★家事援助でお願いしたこと★
担当してくださる方は、実母と同年代のかたでお子さんもわたしと同年代でお孫さんもいらっしゃるというかたでした。とても明るいかたで、テキパキ手際よく家事をこなしていただきました。
お願いした家事はこんな感じです!

 ●夕飯(私・主人)の準備
 ●風呂掃除
 ●洗濯干し
 ●トイレ掃除
 ●掃除機をかける
 ●布団干し
 ●ごみをまとめる

いわゆる家事全般をお願いしました。毎日お願いしたのは、夕食と風呂掃除だったかな??そのほかのことは臨機応変にお願いしていました。
赤ちゃんのお世話は基本的にわたし。家事をお願いするというスタンスでした
「ママは赤ちゃんと一緒に寝てていいのよ~!」と言ってもらい、体調がまだ不安定な時は横になっていることもありましたし、わたしが元気な時はリビングでお茶を飲みながらお料理中のサポーターさんとおしゃべりしたりもしていました
今思えば、そのおしゃべりがわたしにとって気分転換になっていたと思います。主人のほかにおしゃべりをする相手がいなかったわたしは、サポーターさんに不安を聞いてもらったり優しい言葉をかけてもらえたことで精神的に助けられていたと思います。
そのサポーターさんとは相性がよかったのでしょうね。個人的に仲良くなって、お家にお邪魔させてもらったりもしました。また、第二子である息子を妊娠して切迫流産で安静指示がでたときにもお世話になることになりました。(その話はまた後日…)転勤で引っ越してその土地を離れた今でも年賀状のやり取りをしています

【里帰りをしなかったわたしの感想】

わたしは、主人&実母&義母の協力と産後の家事援助サービス・生協・ネットスーパーなどを活用することによって体調を崩すことなく、精神的に追い詰められることもなく過ごすことができました
里帰りすれば楽チン、里帰りしなかったら大変ということではないのだと思います

ただし、里帰りしないという選択をするのであれば、事前に産後の生活をシミュレーションしてどうやって乗り切るかということを考えておく必要はあると思います
実母や義母にしばらく滞在してもらうというのもひとつの方法だと思います。また、産後の家事援助をお金がかかってもお願いするというのもひとつの方法だと思います。それぞれ事情があるので、何が正しいということはないんですよね。
今は、インターネットという便利な手段があるので、産後のサービスなどは「○○市 産後 サポート」や「○○区 産後 ヘルパー」などで検索すると情報を見つけることができると思います。最近は、自治体が子育て支援事業のひとつとして取り組んでいたりもするようです。普通に家事代行サービスにお願いするよりも子育て支援のNPOがやっている産後家事支援事業や自治体の支援事業のほうが断然価格が安いので是非調べてみてください!

産後って、ホルモンに振り回されるし寝不足だしで、どうしてもママひとりでがんばるには無理があるのは間違いないことだと思います。
頼れる人やサービスには頼って無理せずに体調を崩さず過ごせたらそれでいい!というある意味割り切りも必要かも?!それが赤ちゃんのためでもあると思いますしね~

産後無理しないこと、それが一番大事


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以前にもブログで書きましたが、わたしは、娘の妊婦時に切迫早産と胎児の発育不良で2ヶ月近い入院生活を送りました。

転勤族でまだその土地に住んで1年弱、知り合いもほとんどおらず実家は飛行機の距離でした。しかも両家ともに母(こども達からするとおばあちゃん)は仕事をしていたりで長期間滞在してもらって頼るということは無理な状況でした。頼れるのはたったひとり、主人だけ。
急に切迫早産&胎児の発育不良で入院が決まってしまったとき、もちろんわたしは入院準備などしておらず全ての準備を主人にお願いすることになりました。パジャマや下着のしまってある場所を伝え、とにかくありったけ持ってきてもらいました。タオルや洗面用具なども準備して持ってきてもらいました。ただ、ボディソープは家のものをそのまま持ってくるわけにはいかず…病院の売店で主人が旅行用サイズの小さなボトルを買ってきてくれました。ボディソープってそれぞれに香りが違いますよね?!主人が売店で買ってきたボディソープはビオレuのものでした。ビオレのホームページによると、フレッシュフローラルの香(微香性)らしいです。それは、わたしが当時自宅で使っていたボディソープとは違うものでした。

24時間点滴生活でお風呂なんて入れず、シャワーも許可があるときだけ。入院中のわたしは、赤ちゃんをエコーでみてもらう日とシャワーに入れる日をとても待ち遠しく思っていました。
点滴の針を刺しかえるタイミングの日に、モニターでお腹の張りをチェックして大丈夫とOKをもらえた日だけシャワーの許可がでました。モニターで張りが多かったり強かったりする日はNG。最高で10日くらいシャワーすら浴びられなかったこともありました。(身体は毎日拭いていましたよ!)シャワーの許可がでた日はルンルンな気持ちで、ボディソープとタオルと着替えセットなどを準備してシャワーの時間を心待ちにしていました。

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話はかわって、先日、家族で「きれいで雑誌にのった銭湯が割と近くにあるらしいから一度いってみよう!」と銭湯にいきました。
銭湯はいわゆるスーパー銭湯などと違って、ボディソープやシャンプーリンスなどは自分で準備して持っていかなければなりません。その時に、小さなサイズのものがないかなと家の中を探したら試供品でもらったのか何かのおまけでついてきたのか…たまたまビオレuのボディソープがでてきました。丁度よかった!とそのボディソープをもって銭湯へ!
いざ身体を洗おうとボディソープをつかったとき、その匂いをかいだその瞬間、「あっ!この匂いは娘の妊娠中、入院のときに使っていたあのボディソープの匂いだ!」と思いました。その泡で身体を洗いながらいろいろなことを思い出しました。入院中のつらかったことや不安だった気持ち…なんだかその匂いを嗅ぐと涙がでそうな…切ない気持ちになりました。
目の前の娘に、「このボディソープね、○○が産まれる前にお母さんが入院していたときなや使ってたのと同じ匂いがするんだ。」と言ってひとりで切ない気持ちに。娘はそんなことお構い無くはじめての銭湯を楽しんでいましたが(笑)

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わたしがもともと匂いに敏感なほうということもあるかもしれませんが、匂いって記憶とリンクしていると思うんです。調べてみると、実際に知られている現象のようですね。【プルースト効果】というそうです。
NAVERまとめ【プルースト効果】“匂い”が“記憶”を呼び起こす効果。

私の場合、そのボディソープの香りは、わたしの切迫早産での入院生活の記憶とがっちりとリンクしていたようです。娘はもう小学生ですが、その匂いで当時の記憶が割とはっきりとよみがえってきました。

ビオレu、定番商品なので、いつかまたどこかで使うことがあるかもしれません。そのとき、わたしの記憶はどんな風に呼び起こされるのでしょう。今はまだ子育て真っ最中のわたしですが、もし子育てがひと段落したときだったら違った風に記憶がよみがえるのでしょうか?
ちなみに、同じビオレのシリーズでも違うボディソープでは、何も感じませんでした。やっぱり、あの匂いなんですよね!
人間の脳って本当に不思議ですね~

※医師ではないひとりの母の記録&記憶をもとに書いています。切迫早産の入院中のシャワーや安静度の指示は病院や病状ごとに違います。何か気になることがありましたら必ず医師の診察をうけてください。治療方針もひとそれぞれですので、参考程度にとどめ必ず医師の説明をうけて相談してくださいね。


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ドラマ『コウノドリ』切迫早産で入院の妊婦さんのお話でしたね。そしてとてもとても悲しいお話でした
そして、また自分の妊娠出産を思いだしてしまいました。
(わたしの妊娠出産【娘のとき】

わたしは、娘の妊婦時に切迫早産と胎児の発育不良で2ヶ月近い入院生活を送りました。
24時間点滴生活。トイレ以外はベッドからうごけず何もできない。もちろんお風呂なんて入れず、シャワーも許可があるときだけ。点滴の針の刺し替えでだんだん刺せる場所がなくなっていく腕。腕は内出血のあとだらけになり、点滴の薬も濃度があがっていき副作用も酷くなる…。思い描いていた妊娠生活とは全く違う妊娠生活でした。
わたしが入院していた病院は総合病院だったのですが産科の規模が小さく、一番始めに入院した時の部屋は整形外科のおばあちゃんと同室でした。でも、それはわたしにとってストレスが多く…でもかといって産後の方と同室は辛くて。。途中からは差額の一番安い個室にうつりました。(費用は入っていた入院保険でまかないました。)

わたしは37週に入って一旦退院し、その後の健診のときにNSTで赤ちゃんに徐脈がみつかりました。
娘の場合、おそらく遷延性一過性徐脈というもので、2分以上心拍の低下がおきてしまいました。NSTの途中で赤ちゃんの心拍が落ちて数分間回復しなかったため、病院スタッフの方がバタバタと集まっててきてわたしを取り囲み…あの時の不安で押しつぶされそうな気持はいまでも忘れられません。NSTの時間を延長して様子をみると、やはり徐脈があるようで…ただ、その後は落ちついていたことや手術室の関係でずっとモニタリングしながら翌日に帝王切開で出産することが決まりました。

たまたまその日健診で、たまたまNSTをしたときに徐脈がみられた…偶然が重ならなければ、もしかすると娘はお腹のはりのストレスに耐えられず最悪の事態もありえたのかもしれません。
万が一、健診が翌日だったら?万が一、NSTの時間が短かかったり、たまたまそのタイミングでだけは徐脈がおきず問題なしとされていたら?それを考えると、とても怖いです。

やはり、赤ちゃんが産まれるということは《奇跡》。当たり前ではないから《奇跡》なんですよね。
当たり前ではないから、いろいろなことがあって…悲しみも苦しみも…。

ドラマ『コウノドリ』は妊娠出産の明るい場面だけでなく、悲しい場面、また、それぞれに悩み苦しむリアルな母の姿が描かれています。また、出産が終わりではなく子育ての始まりであることもふれられていましたよね。
本当に、出産はゴールではなく始まりです。子育ては楽しいことや嬉しいことや綺麗事だけではありません。悩んだり心配したり時には涙を流すような場面だってあります。
いきなり全てを受け入れて笑い飛ばせる肝っ玉母ちゃんになることは到底無理な話でしょう。それに肝っ玉母ちゃんだって、きっと悩んだりしながら笑顔で過ごしているのですよね。わたしは…すぐにイライラしてしまうキャパの小さな母です…ホントはもっと余裕のある母になりたいです。
妊娠出産がなかなか理想通りにはならないように、子育ても理想通りにはいかない。でも、悩みながらもイライラしながらも頑張れるのはやっぱり大切なこども達がいるからなのかなと思います。『コウノドリ』をみて、自分の妊娠出産を思い出し、またここ数年間の記憶がよみがえり、改めていろいろなことを考えたのでした。

目指せ!明るい笑顔の肝っ玉母ちゃん

※医師ではないひとりの母の記録&記憶をもとに書いています。ご自身やお子さんに気になることがありましたら必ず医師の診察をうけてください。治療方針もひとそれぞれですので、参考程度にとどめ必ず医師の説明をうけて相談してくださいね。わからないことや不安なことがあったら病院に確認するようにしましょう。


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わたしの妊娠出産【娘のとき①】からの続きです。

【妊娠29w~32w 入院】
転院先の病院へは主人の運転する車で移動しました。転院先ですぐに診察を受けた結果、子宮頸管の長さに問題はない(32wで3.2cmくらい)けれど、強めの張りがあるということと赤ちゃんが小さめ(32wで1500gくらい)ということから入院して経過を見ることになりました。
まずは、ウテメリンという張り止めの薬を内服して強い張りを抑えて子宮頸管が短くなるのを予防し、また、赤ちゃんがなるべく成長できるよう張りが減り栄養が多くいくように横になっているように言われました。それ以外はできることは何もなく…ただただ横になっていました。
32wで張りも薬でコントロールできているし、家で安静にするということで退院しました。

【妊娠34w~36w 入院】
検診で外来診察を受けた際に、結構な張りがあったことと相変わらず赤ちゃんが小さめで成長がゆっくりなことが気になるという医師の判断で、再び入院することになりました。
張りのコントロールがなかなかできずウテメリンが点滴に切り替わりました。ウテメリンが点滴に切り替わったとたん、副作用で手が震え、脈が速くなりました。汗をよくかくようになり、ベッドの上から動いていないにも関わらず汗だくのこともありました。最初は3A10で点滴を始めて、最高で3A20になり…少しずつまた減らしていきました。
わたしの場合、子宮頸管の長さには問題なかったので、入院の理由は【強い張りがある】ことと【赤ちゃんの成長が遅い】(35wで2100gくらい。10日~2週間分くらい小さいと言われました。)ということでした。切迫早産で入院という理由のほとんんどは子宮頸管の長さが短くなっているということではないでしょうか。わたしの場合のようなケースはきっとレアケースなのだと思います。
「強い張りが頻回だということは赤ちゃんが苦しい時間が多いということだから、ウテメリンで張りをおさえて赤ちゃんが苦しくないようにしましょう。それが赤ちゃんの成長につながるはず。」という考え方の医師だったということと、わたしが安静に横になっていたほうが赤ちゃんの成長を少しでも助けられるのならと思いでの入院でした。
実家は遠方で頼れず、頼れるのは主人だけ。結婚してから住んだ土地でまだ友達もいませんでした。赤ちゃんが無事にうまれてきてくれるのかの不安もあって友人には妊娠のことを言っておらず、孤独な妊娠生活でした。
37w正産期でやっと退院することができました。

ウテメリンの点滴について
点滴は数日おきに針をさし換えるのですが、だんだん血管がボロボロになり針をさせる場所がなくなっていきました。また、点滴が漏れた場合もさしかに換えになります。腕は内出血のや点滴の固定のテープで痒みがでて赤くなったりと酷い状態でした。
わたしの場合は、点滴のさし換えのタイミングで、大丈夫そうだったらシャワーを浴びることができました。シャワーを浴びるのが唯一の楽しみでした。

※産婦人科や医師に対しての感想はあくまでわたし個人のものです。医師との相性ももちろんあると思いますし、わたしサイドの感想なのでわたしにとって都合のいいように書いていると思われても仕方ないかもしれません。決して病院や医師を否定したいのではなく、わたし個人がもっと医師とコミュニケーションをとっていれば変わったのかもしれないという反省も含めてこういうケースがあったということを書いています。そこまで不信感を持つ前になんとかならなかったのかという思いもあります。妊娠出産は病気ではありませんが、命にかかわることです。医師との信頼関係も大切なことなのだと感じています。

※医師ではないひとりの母の記録&記憶をもとに書いています。気になることがありましたら必ず医師の診察をうけてください。治療方針もひとそれぞれですので、参考程度にとどめ必ず医師の説明をうけて相談してくださいね。あくまでも参考と考えてわからないことや不安なことがあったら病院に確認してください。

わたしの妊娠出産【娘のとき③】に続きます。

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