突然ですが、みなさん、右利きでしょうか、左利きでしょうか??

わたし、実は左利きなんです。
といっても、小さい頃にある程度右手を使うように矯正されたため、厳密にいうと一部は左利き(左でしかできない)で一部右利き(右でしかできない)というややこしいことになってしまっています。
たまに「両利きでしょ?」と言われるのですが、わたしの場合、一つ一つのことに対してどちらか利き手がきまってしまっているので左右どちらでもできるということではないのです…。

わたしが今現在右手ですることと左手ですることを分けてみる


【左手ですること】

・箸
・包丁
・お裁縫(針を持つ手が左手)
・彫刻刀
・消しゴム(右手で書いて左手で消します)
・化粧(ファンデを塗ったりするのが左手)
・歯磨き
・耳かき
・スマホの操作
・エレベーターなどのボタンを押す
・掃除機
・卓球・バドミントンなどのラケットを持つ
・頬杖をつく
・シャワーを持つ
・ハサミ(※)

【右手ですること】

・字を書く
・絵を描く
・ハサミ(※)
・ボールを投げる
・野球は右打ち
・マウス操作
・子供と手をつなぐ(どちらでもつなぐけれどつなぎやすいのは右手)

※ハサミは場合による。細かい作業などは右手だが、タグを切るだけなら左手で切ることもある。使ってるのは右利き用。

こうやって見ると、左手のほうがやれることが多いですね。
でも、日常生活の中で《字を書く》という機会が多いため、左右の手の使用頻度はそんなに変わらないのではないかなと思います。
また、学生なら字を書く機会が多い、主婦なら包丁を持つ機会が多いなどその時々の環境によってどちらの手を使う頻度が多いか変わってくると思います。

いつどうして左利きを右利きに矯正?


わたしは、幼稚園時代くらいまでお絵かきをするのもひらがなの練習をするのも左手でした。
わたしがお絵かきをしている写真などが残っているのですが、確かに左手でクレヨンを持っています。

それが、小学校入学の頃には字だけは右手で書くようになっていました。
両親がわたしを硬筆教室にいれて右手で字を書くように矯正したんですよね。
年中の頃から週に1~2回硬筆教室に通って、字を書くことだけは右手でできるようになったそうです。

両親や祖父母から聞いた話では、当時はまだ左利きは右利きに矯正するもの(できるもの)という風に考えられていた時代で、それがわたしのためになる(右利きに矯正したほうが苦労しないだろうという考え)だったようです。
《左利きの女の子はお嫁にいけない》ということを言われていた時代もあるということも知っています。親戚などの中には実際にそういったことを言う人もいたのではないかなと思います。

ただ、字は硬筆教室に通うことで右手に矯正ができたのですが、お箸を持つ手だけは治りませんでした。両親や同居していた祖母は治そうとかなり頑張ったようですが、わたしが「右手で持たないといけないくらいならご飯を食べない!」と言い張ったそうです。
お箸については、ご飯を食べて健康に過ごしてくれるのなら仕方ないか…ということで矯正をあきらめたみたいです。

左利きを右利きに矯正したメリット

左利きだったわたしは両親の意向によって字を書くことだけは右手に矯正しました。
半ば無理やり利き手を強要されるということですので、おそらく当時それなりにストレスもあったことでしょう。
でも、《字》って右利きの人が書きやすい形に作られているんですよね。右手で書いたほうが綺麗に書けると思います。

小学校ではどうしても習字の授業がありますし、その時に面倒な先生に当たったら左利きをいろいろ言われてしまう可能性だってあります。また、学校のノートやプリントもほとんどが横書きですので右手で書いたほうが板書もしやすいと思います。学校生活を送る中では右で字を書くほうが便利な場合が多いです。

わたし個人としては、字を書くということに関しては右手でできることにメリットを感じることのほうが多いという印象です。(もちろん、左手で綺麗な字をかく方もいらっしゃいますし矯正をオススメするわけじゃありません。)
あと…わたしは消しゴムは左手を使います。なので、右手に鉛筆、左手に消しゴムということができちゃうのです。いちいち鉛筆から消しゴムに持ち帰ることなく書いたり消したりができます(笑)

左利きを右利きに矯正したデメリット

わたしは、左右の認識が普通の人より苦手です。左右盲というらしいです。
自動車教習所に通っていた時に、教官に「次、右に」とか言われても一瞬迷っちゃうんですよね…。事故につながるほどじゃないですし、分からないってわけじゃないんですが…自分が左右の認識が苦手だということは常に心のどこかに置いています。

でもだからといって、地図がよめないとかカーナビでの運転が苦手とかそういうことはなくて。本当に《左右》だけ苦手なんです。
「鉛筆を持つほうの手が右」とか「お箸を持つほうが右で、お茶碗が左よ」いった表現でこどもに左右を教えることが多いですよね。
わたしは、左右という認識を覚えるちょうどその頃に利き手の矯正をしています。

左利きを右利きに矯正したのがその理由のすべてというわけではないとは思いますが…理由の一つではないかなと思っています。

左利きは遺伝する?わが家の場合

わたしは左利き、主人は右利きです。そして、娘も息子も完全な右利きです。
専門家ではないのでわが家の場合のことしかわからないのですが、親が左利きだからって左利きのこどもが産まれるわけじゃないんですよね。
逆に、両親が右利きで左利きのこどもが産まれることがありますよね。私の両親は右利きでわたしは左利きなのでそのパターンです。

わたしの家系には数人左利き(矯正している人も含む)がいるのですが、主人の家系には左利きは全くいないそうです。わたしの家系には数名いるので、もしかすると左利きが産まれやすい家系や環境というものはあるのかも?色々な説があるみたいです。

いつか遺伝子やゲノム研究が進んで、だれか賢い学者さんとかが解明してくれる日がくるかもしれませんね。

左利きの母と右利きのこども 子育てで困ること

さて、左利きの母と右利きのこども達。
子育てしていく中で、困ったり戸惑ったりすることが出てきてしまいます。

特に教えるのが難しいと感じたのは、お箸の使い方・包丁の使い方・裁縫です。

お箸の使い方は、練習箸と主人に頑張って教えてもらうことで何とか解決。
包丁の使い方は、娘が包丁を握っているのに手を添えるのですが、右手で手を添えるのですごく怖い。でも、ちゃんとフォローしないと娘がケガしたら危ないので…。娘がひとりで危なくなく包丁を使えるようになるまでは根性でがんばります!
裁縫は、左手で針を持って左から右に縫うわたしと、右手で針を持って右から左に縫う娘。途中でよくわからなくなって投げ出したくなりました…。でも、包丁よりは怖さはないし、わたしも右手で少しなら縫えるのでまだ低学年の娘を手作うくらいなら何とか。でも、複雑なものとか細かい作業とかは多分むりかなぁ。

今後もこども達が成長していくにつれてきっと何かとでてきそうな感じです。

あとは、やはりわたしは左利きですので、モノの配置など自分のやり易いようにすると右利きの家族には使いづらいみたいです。
よく言われるのが、冷蔵庫に麦茶ポットを入れるときの取っ手の向き。。普段はみんなが取りやすいように気をつけているんですが、無意識だと左利き仕様になっちゃいます。

もし自分のこどもが左利きだったら?

さて、わが家の娘も息子も右利きですが、もし自分のこどもが左利きだったとしてらどうするかなと考えてみました。

わたしのこども時代は左利き用のハサミなど左利き用グッズはどこにでも売ってるわけではなく、値段も高いものでした。でも、今は左利き用グッズもたくさんあるし、値段もさほど差がないように思います。
現代社会では一般的には、無理に矯正しなくてもいいという流れなのかなと思います。こども達のお友達にも左利きのお友達が何人かいます。

もしわたしが右利きだったり、矯正していない完全な左利きだったりしたら、矯正しなくてもいいかなと迷わず思うと思います。
でも、わたしは中途半端に矯正して右利きに矯正したメリットもわかっています。わたしの両親が「字を書くのだけでも右で!」と言っていたその意味を自分の経験から体感しています。
ただ、それと同時に利き手を強制的に矯正されるというストレスも分かります。利き手は矯正はできても変えられない。右利きに変えられるわけじゃないんです。

自分がそうだったからこそ、自分のこども達をどうするかすごく迷う。
こどもの性格や器用不器用なども関係してくると思います。また、周りの意見もきっといろいろあるでしょう。

わたしは、こどものストレスを考慮して矯正しないといいう結論になる可能性が高いのかなと思うのですが、もしそうする場合は矯正しないなりのストレスがきっとでてくるでしょう。
左利きがマイノリティである以上仕方ありません。

親は、こどもが生活で困らないようにサポートしていくしかありません。
まずは、左利き用のグッズを買ってあげたり、みんなが使いやすいデザインのもの(急須やレードルなどはものによっては左利きには使えないデザインです。)を選んで利用するなど、モノ(=ハード面)を。
また、《世の中は右利きが多いけど、左利きだ》という事実を伝えてココロ(=ソフト面)をフォローしていけたらいいなと思います。

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↑これは右利きの息子の作品(右手ですね!)

左利きを矯正したわたしが母として思うこと

わたし自身は字を書くことについては矯正していますが、わたしの母もきっといろいろ悩んだり戸惑ったりしたんだろうなと母という立場になり改めて思います。

こどものためを思っていろいろ悩んだり考えたりした結果は、正解不正解という結果であらわせられることじゃないんだと思います。
矯正するかしないかもきっと正解はない。
こどもの名付けのときだってそうですよね。悩んで迷って正解なんてないけれどひとつの名前をつける。つけた名前に正解なんてないですもんね。

さいごに

わたしは、今《左利きなのに字は右利き》という自分が嫌いじゃないです。
いろんなひとがいて、みんなそれぞれ違うということ、大人になって本当に思います。

長くなってしまいましたが…もし、お子さんが左利きで悩んでいるお母さんがいたら、こんな人もいるんだなと思ってもらえたらいいなと思っています。

わたし、左利きでもお嫁にいけたし、母やってますよ~!




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